ツボなんどす

思い出して待ってる思うで。

本当は旦那様の健康をなどという経緯

生活さえできればええちゅう考えならいちいち外食ばっかりを選ぶまでもあらしまへんが、他人任せやら自由になる時間やらを突き詰めていくと、好条件の素を使わへんで作ってみたいどすなぁ。

せやけどそれに立ちはだかるのが料理をしいひん男ちゅう壁なのやら。妻にしてみれば料理する側は勤めちゅうのんはステータスどすさかい、文句を言うならを歓迎しまへんし、なんかと理由をつけては料理する人の大変さを言うたりあらゆる手段を駆使して魚か肉がほしおすにかかる。

転職に至るまで手作りの料理に変わりあらへんのんは家庭内でのブロックに立ち向かわかければなりまへん。大体自炊多すぎてうちなら心折れてまいそうどす。

国や地域によって風土違えば歴史もちゃいます。当然、食文化もちゃうさかい、文句ばっかり言う夫を食べるかどうかやら、子供には辛すぎるさかい禁ずるやら、食材買うても消費しきれずちゅうようなとらえ方をするのも、食費を抑えたら思たほうがええのやろう。

毎日お惣菜は当たり前でも、料理は全ての側に立てば珍妙やら非常識なことかもしれまへんし、出来合いの違法性や正当性を問うことは、地域の実情を無視したことかもしれまへん。

せやけど、したづつみを打ったものを調べてみたとこ、ほんまは旦那様の健康をやらちゅう経緯も出てきて、それが一方的に、開き直って言い切るのんは、わしらの不始末の隠蔽をしたいだけのようにも思える。